音叉セラピーのボランティア活動で思うこと|2026年6月

今月もボランティア活動を通して、学びがありました。

今回は、活動自体の区切りも考えるきっかけになる出来事があったので、そもそもなぜ私は音叉セラピーのボランティアをしているんだろうと、あらためて考えてみました。

正直に言って、私はクライアントさんに対して、自分が変えるとかよくするという発想がありません。

変化を起こす主体は私ではないということです。

それはボランティアでもいつもの施術でも同じです。

自分を観察すると、常に追っているのは、変化なんだと感じています。

施術中なら、呼吸や筋肉や何かしら表れる変化、

何度も継続させていただいている場合には、体調や話してくださる内容も含めての全体的な印象などの変化。

こちら側が変えたいというような意図はなくて、ご本人たちの変わっていこうとするなにかを一緒にみているという感覚に近いかもしれません。なので、断言もしません。

そして、ボランティアを続けている理由も、そこら辺にありそうです。

長い期間を通じて、変化をみていけることが継続してきた理由かもしれないなと思っています。

しかも、その変化を他のセラピストと共有したり、話し合ったりできる場所は、他にはないので。

他のセラピストさんたちが、どんな立ち位置で施術をしているのか、なぜその手法を選んでいるのか、相手に伝えている内容なども、自分とは異なるので、新鮮です。

あと何度、ボランティアに通うのか、まだ決めかねてはいますが、心残りのないように、毎回悔いなく向かいたいなと、そう思っています。

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